nyagokabu’s blog

自分語り

魂を売ってでも

音楽から離れた話

19年と半年前に私は第一子を出産した。

赤ちゃんはサルみたいだよ。と友人達から言われていたので、覚悟を決めてサル顔であるはずの我が子に初めてご対面した時。

サルではなかった。
まあるい顔にシンプルな顔立ち。
かわいいかどうかは正直わからなかったが、思っていたほどサルではなかった。

その日から19年以上の月日が流れたのだが、何故急に子供の話を書いたか。

友人が、今絶賛子育ての壁にぶつかっているのだ。

我が子の未熟な考えや行動に頭を悩ませ、心にダメージを受けている。

どれがいいなんて答えはない。

そんな話を聞いて、我が子はどうだったか?
長男の中学生時代を思い出してみた。

ちょうど中3の夏休みに長男は家出した。
受験を控えた夏休み、本当に本当に勉強せず、私は一番になれなんて言わない。周りの子と同じならそれでいい。人並みにまずはなろうよ。
と言っていた。
後にこれらは全て無駄であり、本人に記憶されることなどないと知るのだが、それはまだ先。

当時の私は必死に、崖っぷちに立つ我が子をなんとか少しでも安全な場所においてあげたくて、いろんな手段で訴えた。
しかし聞かない。
ある日私は息子の胸ぐらを掴んで無駄な説教をした。
息子はこの家には自分はいらないと思ったらしく、その日の夜にこっそり家を出た。

親というのは不思議なもので、なぜかいつもと違うものを感じた私は息子の部屋を覗く。
いない。
机の上にはバイバイと書かれたメモが一枚。

ヤバい、息子が死んだらどうしよう!
本気でそう思った。

主人はバイク、私は自転車で探しまくる。

夜とは言え、連日の猛暑が続く8月。
全身汗だく。

当時、息子に持たせていたガラケーは机においてある。
そもそも中学生なのでお金も持っていない。
自転車はない。

駅なのか公園なのかコンビニなのか。
その日は隣の駅から花火大会帰りの人がそれなりにいた。
お巡りさん、どうか息子を職務質問してくれと願い。
数時間思い付くところを走り回った。
結局は自宅のすぐ近くをぐるぐる回っていた息子を主人が見つけた。

汗だくの私は遅れて帰宅。
生きてた。
それで良かった。
息子には何も言わなかった。

黙ってシャワーを浴びた。

数日後、静かに息子と話をした。
息子が言うには、自分がみんなを悲しませているのはわかっている。ただ、どうしてもできない。こんな自分なんかこの家にはいらないんじゃないかと思った。
と、泣きながら話してくれた。

何もできなくてもいい。
生きてさえくれれば。
あなたが不治の病にかかったなら、私はこの身、魂を悪魔にでも、なんにでも売る。
そして、あなたを生かす。
私の身など大したことはない。
あなた達(長男と次男)は私が生涯命をかけて守る。

例え犯罪者になって世界を敵にまわしても私だけは味方だから、安心して欲しい。

この私の暑苦しい言葉を我が子達は未だに覚えている。(この時長男も次男も泣きながら聞いていた)

私が長い年月をかけていろんなことを訴えてきたが、我が子達はそれを記憶できない。

記憶できないはずの我が子達が記憶している貴重な思い出。


友人親子の迷路が少しでもゴールの光を感じられる日々であって欲しい。